東京地方裁判所 平成2年(ワ)6537号 判決 1991年5月31日
原告 渋谷複写工業株式会社
右代表者代表取締役 民廣文
右訴訟代理人弁護士 荒木田修
被告 株式会社 スペースリブ
右代表者代表取締役 永田清
右訴訟代理人弁護士 江口英彦
主文
一 被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地の別紙図面表示のAB各地点に打ち込まれた高さ約一・七八メートルの鉄杭二本を連結する鉄鎖二本を撤去せよ。
二 被告は、原告に対し、別紙目録記載の土地のうち、別紙図面表示の青斜線部分及び赤斜線部分の土地に置いてある自動車その他一切の動産を撤去せよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
主文一、二項に同じ。
第二事案の概要
本件は、原告が被告から別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)のうち別紙図面の青斜線部分を駐車場として賃借しているにもかかわらず、被告が右駐車場の出入口付近に鉄杭二本を打ち込み、これを柱として駐車場出入口を塞ぐように二本の鉄鎖を設置するなどし、原告の駐車場の使用占有を妨害しているとして、土地賃借権に基づき、右賃借部分及びそこを駐車場として利用するために必要不可欠な部分(別紙図面中の赤斜線部分)について、妨害排除を求めているものである。
一 確定した主要な事実関係
1 訴外有限会社武商(以下単に「武商」という。)は、昭和六〇年一一月二二日、本件土地内にある松涛パークマンションの一〇五号室を店舗として賃料月額金一五万七〇〇〇円、期間は同月二六日から三年間で、及び本件駐車場を賃料月額金二万円、同月二六日から三年間、それぞれ原告に貸し渡す旨の契約をした。
その後、原告は、本件駐車場に自動車を駐車して使用していた(当事者間に争いがない。)。
2 本件駐車場の賃貸借契約書には、次のような記載がある。
第二条 「……本契約は別途締結した本物件内の一〇五号室の店舗賃貸借契約に付随したものであり、一〇五号室の店舗賃貸借契約が解約された場合は本契約も解約されるものとする」
第一〇条 「本契約期間内において乙(借主)の都合により本契約を解除せんとする時は、予め3ヶ月以前にまた甲(貸主)が解除せんとするときには6ヶ月以前に相手方に書面をもって通知するものとする。……」
3 被告は、昭和六三年一〇月一三日、武商から本件土地並びに右店舗及び本件駐車場の貸主の地位を譲り受けたが、同年一一月二九日に至り、原告に対して駐車場の賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をし、右意思表示はそのころ原告に到達した。
4 被告は、右更新拒絶の意思表示は前記契約書第一〇条に基づく解除の意思表示を含むものであるので、意思表示の時点から六箇月後にあたる平成元年五月二九日の経過をもって、本件駐車場の賃貸借契約は終了したと主張して、平成二年一月一五日、本件駐車場に駐車していた原告所有の自動車一台を他所へ移動した上で、駐車場出入口付近に鉄杭二本を打ち込み(当事者間に争いがない。)、右鉄杭を二本の鉄鎖で連結して、原告の駐車場の占有を排除するとともに、自己の乗用車を駐車させる等動産を存置している。
二 争点
本件訴訟の争点は、被告の契約書第一〇条に基づく駐車場の賃貸借契約の解除の意思表示が有効か否か、すなわち、原告被告間の店舗及び駐車場についての賃貸借契約において、店舗の賃貸借契約とは別個に駐車場の賃貸借契約のみを解除することが可能であるか否かである。
この点について、原告は、契約書第二条をみれば明らかなとおり、駐車場の賃貸借は店舗の賃貸借と一体のものであるから、駐車場の賃貸借契約のみを解除することは許されないと主張するのに対して、被告は、第二条は店舗の賃貸借が終了した後に駐車場の賃貸借のみが存続することを避けるために設けられたものであり、駐車場の契約のみを解除することを制限する趣旨ではないと主張する。
第三争点に対する判断
一 《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
1 訴外城西コピア販売株式会社(以下単に「城西コピア」という。)は、昭和四五年ころ、営業上の理由から、駐車場が付属した賃借店舗を探していたところ、不動産仲介業者から、当時斉藤いきのが所有していた本件店舗を含む二件の物件の紹介を受けた。城西コピアは、本件店舗の存する建物に隣接する空き地に、自動車を駐車させるスペースを確保できることから、本件店舗と右駐車スペース部分を一緒に借りることを決め、同年一一月二六日、右斉藤との間で賃貸借契約を締結した。その際、駐車場については、同人の希望で契約書は作成せず、口頭の合意によって処理された。
2 その後、右店舗賃貸借契約は、昭和四七年、同四八年、同五一年及び同五四年に、相次いで更新された。
なお、同四八年の更新の際には、城西コピアの会計処理上の都合から、駐車場についても契約書を作成することになり、同時に、城西コピアが建物敷地内に作り使用していたプレハブ製物置の敷地使用関係を含めて、この時点以降は、駐車場及び物置敷地を一体として賃貸借契約書が作成されるようになった。
3 昭和五五年四月一日には、城西コピアの青写真複写部門の分離・独立により原告が発足したことに伴って、借主の地位が原告へ移転し、また、同年八月一日には、貸主の地位が斉藤いきのから武商に移転した。
4 そして、同年一一月八日の契約更新時に、貸主である武商が原告所有の右物置について借地権が発生することを危惧し、物置を買い取りたい旨の申し出をしてきたので、原告は、これを代金五二万円で武商の代表者である長谷川千代子に譲り渡した。このため、以後、右物置は、本件店舗の付属物として店舗賃貸借契約書により処理されることになり、従来の駐車場及び物置敷地に関する賃貸借契約書は、駐車場のみについて作成されることとなった。
ところで、原告が城西コピアの時代から引き続き本件店舗を賃借してきたのは、営業に必要かつ不可欠な自動車の駐車場の確保ができるという点にあったので、原告としては、今後も本件店舗と駐車場を一体として借り続ける必要があったが、この時点で、駐車場のみの賃貸借契約書を作成するのでは、将来、駐車場だけ解約されるという事態が生じるのではないかという危惧感を抱いた。
そこで、原告は、武商との契約の仲介人である訴外竹内正一郎を介して、武商に対し、本件店舗の賃貸借契約が存続しているのに駐車場の賃貸借のみが解約されるような事態を回避したいので両方を今後も一体として借り続けたい旨の意向を伝えた。その結果、武商も格別異議がなかったので、原告の右意向が了解されたことを契約書上明らかにするために、従来の駐車場等の契約書にはなかった「本契約は別途締結した店舗賃貸借契約に付随したものであり、店舗賃貸借契約が解約された場合は、本契約も解約されるものとする。」との文言が、市販の契約書用紙の特約条項の欄にわざわざ記載されるに至った。この文言は、右竹内が考えて、事務員に記載させたものであるが、その際、竹内は右文言が印刷済みの他の条項と矛盾するか否かという点については格別の注意を払っていなかった。
5 その後、昭和五七年一一月二二日及び同六〇年一一月二二日に、本件店舗及び駐車場についての賃貸借契約は、賃料の部分等以外はほぼ同一条件で更新された。その際の契約書の文言については、昭和五七年の更新時には、前の契約書の文言をそのまま利用する方法が採られ、また、昭和六〇年の更新時には、契約書が従前のように市販のものではなく、武商側が従前の契約書の文言を参考にワード・プロセッサーにより作成したものが利用されたが、前項の経緯で挿入された特約条項は基本的にはそのまま踏襲された。これが、前記認定(第二の二)の第二条の文言である。
二 右に認定した各事実によれば、昭和五五年一一月に原告と武商との間で締結された本件駐車場の賃貸借契約においては、本件駐車場は本件店舗と一体として賃借されるものであり、店舗の賃貸借契約が解約されれば駐車場の賃貸借も解約されるというに止まらず、店舗の賃貸借契約が存続する限りは貸主は駐車場の賃貸借契約だけを解約することはできない旨の合意が成立していたことが認められる。そして、右の合意は、昭和六〇年一一月に右両名の間で更新・締結された駐車場賃貸借契約に、そのまま引き継がれていたものと解される。
したがって、昭和六〇年一一月に締結された本件店舗及び本件駐車場に関する各賃貸借契約の貸主としての地位を武商から承継した被告に対しても、右の合意の効力は、当然に及ぶことになる。
三 ところで、被告は、昭和六〇年の更新時に作成された契約書の第二条を前項記載のように解する場合には、同第一〇条の記載(貸主は、六ヶ月以前に通知することで解除できる。)と矛盾することになるので、第二条はその文言どおり店舗の賃貸借が終了した場合は駐車場の賃貸借も終了することだけを定めた条項と解すべきであると主張する。
しかしながら、前記認定の事実経過に照らせば、右第一〇条は、昭和六〇年の契約更新の際に新たに合意された新規の条項ではなく、昭和五五年に作成された契約書に不動文字として印刷されていた第九条を基本的に踏襲したものであることが認められる。そして、右第九条は、前述の一体として賃借する旨の合意と矛盾する限度で無効であり、本来修正されるべきものであったが、仲介人の竹内が市販の契約書用紙の不動文字を逐一点検せずに放置していたにすぎないものであり、これが、昭和六〇年の更新の際も、内容を検討されないまま第一〇条として踏襲されたものと推察される。
したがって、第一〇条の条項の存在を重要視するべきではない。
なお、第一〇条においては、第九条と逐一対比すると、契約期間内における解除に関する条項であることが明記されているほか、貸主からの通告期間等にも変動が認められる。けれども、その内容を検討すると、第九条は、その趣旨が必ずしも明らかではない規定であったところ、第一〇条は、昭和六〇年の契約更新の際に、その趣旨をより明確にした上、貸主から解除通知をする場合の猶予期間を多少長期に変更した程度の規定であり、全く別個の内容を定めたものとみるべきではない。したがって、第一〇条は、やはり、従前の条項の踏襲とみて良いのであって、これを根拠に新規の合意がされたとみるべきではない(この程度の変動は、本件店舗の賃貸借契約においてもみられるものである。すなわち、昭和五五年に作成された本件店舗の契約書の第九条(これは駐車場契約の第九条に対応する。)と昭和六〇年に作成されたものの第一三条(これは駐車場契約の第一〇条に対応する。)とを対比すると、駐車場契約についてと全く同様の変動が認められる。にもかかわらず、同様に、後者は前者を基本的に踏襲しているとみて良いであろう。)。
また、第一〇条の文言は、店舗の賃貸借が終了した場合についてのみ言及し、店舗の賃貸借契約が存続する限り駐車場の賃貸借契約を別個に解除できない点は明記されていないが、この条項は、法律的な事務処理に精通していない竹内が、原告から店舗と駐車場を一体として賃借を続けたい旨の意向を受けて、これに沿うような条項を素人なりに案出したものである。したがって、その文言が、原告と武商との合意内容の一部しか表現していなかったとしても、それは、竹内の事務処理が不十分であったからにほかならないのであり、これを根拠に、右合意の内容を被告主張のように狭く解することは相当ではないというべきである。
いずれにしろ、第一〇条の存在や第二条の文言を根拠とする被告の主張は採用できない。
四 以上によれば、被告の本件駐車場の賃貸借契約についての解除の意思表示は、前述の合意の効力に抵触するものであり、無効である。
したがって、原告は、本件駐車場につき、依然として賃借権を有しており、また、別紙図面に記載の赤色斜線部分は、右駐車場の利用において必要不可欠なものであると認められるので、原告は同部分についても賃借権に基づく妨害排除請求権を有している。そうすると、原告が被告に対し、これらの部分についての妨害行為の排除を求める本訴請求は、理由がある。
(裁判長裁判官 千葉勝美 裁判官 山口博 花村良一)
<以下省略>